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荒海や佐渡によこたふ天河

夏の日本海は波も静かで「荒海」ではない。また、天の川は対岸から見て佐渡島には「横たわらない」。佐渡と本土に横たわる日本海は、芭蕉の心象風景の中では「荒海」であったらしい。それは、日蓮や日野資俊など多くの流人が佐渡に幽閉されたことによるのかもしれない。そこに「横とう」天の川は、これら流人と芭蕉とのコミュニケーションパスでなくてはならなかったのであろう
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草臥れて宿かる比や藤の花

草臥(くたび)れて宿かる比(ころ)や藤の花

季語は【藤】 芭蕉が「笈の小文」(おいのこぶみ)の旅で、八木の町に宿を求めた時の俳句です。 
 今日も大和路を旅していい加減歩き疲れた。そろそろ宿に入るころだな。ふと見ると眼前には藤の花。
旅の疲れを癒してくれる花の景色にホッとした芭蕉の心境がうかがえる。
「草臥れて」なんて、何気なく発する話し言葉を使っている所がミソ。
疲れた、疲れたと云って、その辺に腰を下ろすと、目の前に今が盛りの藤の花がある。こいつあは好いや、つい顔がほころぶ。そんな情景です。
「宿かる」は「宿を借りる」と云う意味。つまり、そろそろ夕方と云う時間帯。朝から歩いていれば草臥れる時間だ。
貞享5年(元禄元年)、芭蕉45歳の句。

梅が香にのつと日の出る山路哉

立春を過ぎて残る寒い朝。梅の香が匂う山路には、何の前触れもなく朝日がひょっこりと昇ってくる。「のっと」という日常語を持ってきて、死後に一大流行を作り出した「軽み」の実践句。

旅に病で夢は枯野をかけ廻る

読み: たびにやんで ゆめはかれのを かけめぐる 季語: 枯野

詠年: 元禄7年(1694) 出典: 笈日記

句意: 旅先で死の床に臥しながらも、見る夢はただ、あの野この野と知らぬ枯野を駆け回る夢だ。

名月や池をめぐりて夜もすがら

仲秋の名月を眺めながら池の周りを歩いていたらいつの間にか夜が明けてしまったのである。この「池」も、かの「蛙飛びこむ」古池で、芭蕉庵にあったもの。
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