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管鮑の交わり

(かんぽうのまじわり)
 中国の春秋時代。斉の国に管仲(かんちゅう)と鮑叔牙(ほうしゅくが)という幼なじみがいました。後に、管仲は鮑叔に推薦され王となりました。王になってから管仲は、自分にとって鮑叔の存在がいかに大切であったかをしみじみと述べました。

 「若い頃、鮑叔と一緒に商売をしてもうけを分けあうときには、私が多めにとったものだ。だが、鮑叔は、私を決して欲張りだとは言わなかった。私が貧しいことをよく知っていたからだ。私が鮑叔の事業を立案したことがあったが見事に失敗に終わってしまった。それでも鮑叔は、私のことを愚か者だとは言わなかった。ものごとは、成功するときも失敗するときもあると知っていたからだ。

 私はいろいろな主君に仕えたが、そのたびにやめさせられてしまった。それをみた鮑叔は、私のことを頭の悪い奴だとは思わなかった。私が、まだまだチャンスに恵まれていないことを信じていたからだ。私はかつて3度の戦に出たが、3度とも負けて逃げ帰ってきた。鮑叔は、私のことを卑怯(ひきょう)者だとは言わなかった。私には年老いた母がいることを知っていたからだ。

 斉の国の公子糾(ちゅう)が戦いに敗れたとき、一緒に守り役をしていた召忽(しょうこつ)は糾と共に死ぬことを選んだのに、私は死ぬことができずに囚われの身となった。そのときでも、鮑叔は、私のことを「恥知らずだ」とは言わなかった。私が、その場の小さな恥にはとらわれない人間であり、そのまま死んで天下に名が知られないことの方が恥ずかしいと考えているということをよく理解していたからだ。

 こうして考えると私を生んで育ててくれたのは両親であるが、本当に私のことを理解してくれているのは鮑叔なのだ。」
■利害にとらわれない、信頼できる親密な友人関係のこと。

<例> 私と彼は、小さな頃から管鮑の交わりとも言うべき関係を作り上げてきた。
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